漁業の歴史

ページID1001142  更新日 平成30年9月19日

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有田市の漁業の歴史は主に小型機船底びき網漁業と、瀬戸内海機船船びき網漁業、定置網漁業等の発達の経緯です。

小型機船底びき網漁業は

もともと天保年間に阿波国の漁師から見習った漕打瀬漁業でした。明治30年頃になって風力を利用する帆船型打瀬船が出現、打瀬船に動力エンジンが取り付けられたのは昭和8年頃です。戦前から戦後にかけての二艘曳網時代を経て、現在は30馬力、13.5トン型の小型機船底びき網漁船となり、船質も木造船からFRP船、軽合金船へと変わりつつあります。

機船船びき網漁業は

大正時代末期に有田郡湯浅町の人がカエリ網として広島県より導入したものです。その後、権現網や大バッチ網、トンガラシ網等の各種漁業が統一して、昭和34年に動力付小型船びき網漁業が誕生しました。
現在では、エンジンが焼玉機関からディーゼルエンジンに転換し、魚群探知機なども取り付けられて、効率的な漁獲が出来るようになっています。

定置網漁業は

明治41年に東牟婁郡太地町の八角網業者、羽部隆之助が逢井の浦に網を張ったのがおこりで、その翌年には隣村の高田浦にも設置されました。さらに昭和11年には逢井浦に第2号定置網が設置されました。
網のかたちは当初の八角型を改良し、落し網などが付け加えられ、網地も天然繊維から化学繊維に変わり丈夫で効率的な定置網に発展しています。

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