得生寺

ページID1001427  更新日 平成30年9月26日

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写真:得生寺二十五菩薩の渡御の様子1

写真:得生寺二十五菩薩の渡御の様子2


写真:得生寺二十五菩薩の渡御の様子3

写真:得生寺二十五菩薩の渡御の様子4


「中将姫の寺」として有名で、本堂、開山堂、庫裡、鐘堂、宝物庫などがあります。天平19年(747年)に右大臣藤原豊成の娘として、生まれた姫が13才のとき継母のため奈良の都から糸我の雲雀山に捨てられ、3年の間に称賛浄土経一千巻を書写したと伝えられています。また、姫の従臣伊藤春時(剃髪して得生という)が姫を養育した所に草庵を結び、安養院と号したのが始めといわれます。

承平(931年~7年)の頃得生寺と改め、享徳(1452年~4年)の頃浄土宗となりました。そして、文亀(1501年~3年)の頃山から里へとこの寺を高井の後の的場に移し、永禄10年(1567年)に宮城代表電話に移し、寛永5年(1628年)に今の蓮坪に移りました。境内に桜・ツツジが多くて風致がよく、毎年5月14日の会式には近在からの参詣者で賑わいます。会式の際に行われる二十五菩薩の渡御は、昭和43年に県の無形文化財に指定されています。

寺には中将姫の作という蓮糸縫三尊、中将姫の筆という紺地金泥三部経及び称賛浄土経のほか、国の重要美術品に認定された絹本着色の当麻曼陀羅図などがあり、開山堂には中将姫及び春時夫妻の座像が安置されています。これは永禄元年(1558年)に大和の当麻寺から贈られたものです。境内には昭和47年に建てた万葉歌碑があります。

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